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顔出し発信はした方がいいのか?
SNSで情報を発信することは、 今の時代ではごく当たり前のことになりました。 事業主や経営者、個人で仕事をしている人にとって、 SNSは商品やサービスを知ってもらうための大切なツールでもあります。 発信の仕方はいろいろあります。 顔を出さずに、文章や画像だけで伝える方法。 アバターを使ったり、AIで加工して本人が分からない形にする方法。 実際、それでもしっかり仕事につなげている人もいます。 ただ、その一方で やはり本人が前に出ることには意味があります。 顔が見えることで 本当に存在している人なんだ ちゃんと仕事をしている人なんだ この人は本気でやっているんだ そう感じてもらえることも多く、 見ている側にとっての信頼や安心感につながることもあります。 だからこそ、 「顔を出して発信した方がいいのだろうか」 と考える人も多いのではないでしょうか。 顔出し発信を考えたときに浮かぶ不安 ただ、実際に顔を出すとなると、 気になることもいろいろ出てきます。 たとえば 周りの人や近所の人に見られて、どう思われるだろうか 子どもやパートナー、
仁徠 神意堂
3月10日


弱さを隠して“できる人でいたい”ほど、本音から遠ざかる。
弱さを見せたくない。 頼られたいし、“できる人でいたい”。 立場が上がるほど、その意識は強くなるものだと思います。 私も以前、そうでした。 ふるまいは落ち着いて見せながら、 不安や迷いがふと表情に出てしまわないか── その気配に、どこか神経を張っていたように思います。 それが見えた瞬間に、 これまで築いてきた信頼まで揺らぐ気がしていたからです。 強くあろうとするほど、 「自分は本当はどうしたいのか」が分からなくなる瞬間があります。 どちらが正しいか、どちらが無難かを考えるうちに、 いつの間にか、自分の基準が後ろに下がってしまう。 弱さを隠しながら“できる人”でいようとするほど、 本音との距離は少しずつ開いていく。 この記事では、その状態がなぜ起きるのか、 そしてどうすれば自分の基準に戻れるのかを整理していきます。 「できる人」であろうとするほど、判断は外に寄る 責任のある立場になるほど、 迷いや不安を表に出さないことが習慣になります。 周りを安心させたい。 期待に応えたい。 判断を任せてもらえる存在でありたい。 その姿勢自体は、とても誠実です。
仁徠 神意堂
2025年12月12日


不安と向き合いながら、それでも進む人へ
不安って、たぶん誰にでもあるんですよね。 でも、いざ自分のことになると、なかなか人には言えなかったりします。 仕事のこと、これからのこと、誰に話せばいいのか分からないまま、 ひとりで抱えて進む日もあると思います。 止まれないし、立ち止まるわけにもいかない。 「とりあえず今日をこなす」みたいな日が続くことだってあります。 もし今、そんなふうに過ごしているなら…。 ここでは、不安と向き合うときって こんな感じなのかもしれない──と、そっと言葉にしてみます。 不安は「弱さ」ではなく、“今の自分”の反応 不安を感じると、 「自分は弱いのかな」と思う人もいるかもしれません。 でも不安って、ただの“反応”なんですよね。 仕事の状況、これからの見通し、人間関係…… 気がかりが増えてくると、 自然と心も体も慎重に動こうとします。 むしろ、不安を感じるのは 「ちゃんと向き合っているからこそ」だと思っています。 責任がある立場の人ほど、 周りの影響まで考えるので、不安を抱えやすいんです。 不安があるということは、 未来を大事にしている証拠でもあります。...
仁徠 神意堂
2025年11月22日


いい人でいた結果、本当の選択が見えなくなる
気づいたら「いい人」でした。 そうなろうと決めたわけじゃないのに、場の空気に合わせてしまう。 自分を守るためなのか、波風を立てないようになのか──そんなうちに、いつの間にか“いい人”を演じていた。 「できる人」でいようとするのも同じです。 できている人の方が認められる。褒められた経験がある。だからこそ、無意識のうちに“できる人”でいなければと振る舞ってしまう。 無理をしているつもりはなくても、どこか自然体でいられなくなるのです。 その瞬間はうまくやり過ごせても、後からふと「あれ、自分はどうしたかったんだろう」と迷いが増していく。 気づいたときには、心と行動がずれていて、なんだか自分らしくない感覚におちいってしまう。 「いい人」でいるほど、自分の気持ちを後回しにしてしまう理由 周りの期待に応えることが優先に 「いい人」でいようとすると、相手の気持ちを優先するクセがついてしまいます。 「ここで意見を言ったら雰囲気が悪くなるかも」「断ったら迷惑になるかも」──そんな考えが先に立ち、本当の自分の望みは後回しになってしまいます。 一度きりなら気にならないか
仁徠 神意堂
2025年9月26日


強がりの笑顔の奥で、本当は心細さに押しつぶされそうなとき
「大丈夫」「できます」「任せて」 気づけば、そんな言葉ばかり口にしてしまう。 その場では自然に出るけれど、あとになって「本当にそう言ってよかったんだろうか」と心配になることがある。 頑張ればなんとかなる気もする。 でも、無理をしているだけかもしれない。 そう思うと、言葉と気持ちのあいだに小さなズレが生まれる。 褒められたいからなのか。 頼れる人と思われたいからなのか。 期待に応えたい気持ちが先に出て、結局また「大丈夫」と答えてしまう。 けれど、そのたびに心の奥では素直な気持ちが押し込められていく。 率直な自分を出せないまま抱え込んでいると、だんだん息が詰まってきて、身動きがとれなくなってしまう。 なぜ強がってしまうんだろう 「弱音を吐くのはよくない」 「人に迷惑をかけちゃいけない」 小さい頃からそんな言葉を耳にしてきた人も多いと思います。 気づけば「弱さを見せる=悪いこと」のように刷り込まれてしまう。 だからこそ、つい強がってしまうのかもしれません。 それに、強がることには確かにメリットもあります。 職場や家庭で「しっかりしている人」と思われれば
仁徠 神意堂
2025年9月24日


誰にも言えないまま、一人で答えを出そうとしてさまよう夜に
夜になると、ふと思い出してしまうことがあります。 あの件、どうしようかな…って。 人にとってはたいしたことがないように見えるかもしれないのに、自分の中ではなぜか大きなことのように感じてしまう。 人から見れば「そんなのすぐ決めればいいでしょ」と思われそうなこと。 「まだ決めてないの?」と笑われるくらいのこと。 でも、自分にとってはなぜか引っかかってしまうんです。 結論を出せば前に進めるのに、もし間違ったらどうしようと考えて止まってしまう。 先延ばしのつもりはないのに、気づけば動けないまま同じことを繰り返している。 誰にも言えないまま、「どうしようかな」と頭の中で何度もぐるぐるしてしまう。 きっと、同じような夜を過ごしている人は少なくないはずです。 気づけば、また夜に同じことを考えている 昼間は仕事や家事、人との会話で気が紛れているのに、夜になるとふと考えが戻ってきてしまう。 「どうしよう」「そろそろ決めなきゃ」と頭の中で繰り返してしまうんです。 考えれば考えるほど、結論が出ない。 「早く決めたい」と思うのに、「違ったらどうしよう」という不安も顔を出
仁徠 神意堂
2025年9月22日


動けないのは、心がすでに決めているから
「やらなきゃと思うのに、なかなか動けない」 「まだ答えが出ていないのかも…」 そんなふうに感じたこと、ありますよね。 でも実は、“まだ決めてない”んじゃなくて──もう決めてるからこそ動けないんです。 心の奥では「これだ」と思っているのに、自分の中でまだ腹に落としきれていない。だから足が止まってしまう。 それは決して弱さじゃなく、「本当にこの答えでいいのかな」と自分を確かめている時間でもあります。 ここでは、動けないときにどんな気持ちが働いているのか、そしてそこからどうやって一歩を踏み出せるのかをお話ししていきます。 「動けない=決められていない」ではない 動けないとき、多くの人は「優柔不断だから」「自分は決められない人間なんだ」と責めてしまいます。 けれど本当は違います。動けないのは「まだ答えが出ていないから」ではなく、答えが出ているからこそ立ち止まっていることが多いのです。 心の奥ではもう「これにしたい」と決めている。 でも、その選択を自分に納得させきれていない。つまり、心と頭の間で“まだ馴染んでいない”状態。 このズレがあるから、「決めている
仁徠 神意堂
2025年9月13日


正解がない選択を前にしたとき、どこを基準にするか
「どっちを選んでもいいんだよ」「自分で選んだ方が正解になるんだから」 誰かに相談すると、こんなふうに言われることってありませんか? たしかに、その通りなんです。 どっちを選んだとしても、それがその人の人生になっていくし、 あとから振り返れば「あの選択があったから今がある」と思えるもの。 だから どちらも正解 なんですよね。 でも、そう言われた瞬間に「そうか、じゃあこっちにしよう!」とすぐ決められたら苦労しないわけで…。 実際は 「どちらも正解」と言われることが、いちばん迷わせる原因 になったりします。 正解がない選択に直面するとき 正解が一つに決まらない問いに向き合うとき、 いちばんしんどいのは 「自分で選ばなければならない」 ということ。 周りから「どちらでもいいよ」と言われると、それはある意味で励ましでもあるけれど、本人からすると突き放されたように感じることもあります。 「どっちを選んでも正解」 頭では分かっていても、 心の中では「じゃあ私はどうすればいいの?」と答えが出ずに苦しくなるのです。 具体的な迷いの場面 会社に残るか、辞めて転職
仁徠 神意堂
2025年9月11日


迷ったとき「感覚」だけでは危うい理由
私たちは、日々いろんな選択をしています。 たとえば「今日の夕食は何にしよう?」といった小さなことから、 「新しいことに挑戦するかどうか」といった少し大きめのこと、 そして「転職するか」「結婚するか」といった人生に大きく関わるものまで。 そんなとき、多くの人がまず大切にするのが 「自分の感覚」 だと思います。 「なんとなくこっちの方が良さそう」 「直感的にこっちだとしっくりくる」 その “ファーストインプレッション” はとても大事です。 むしろ、それがあるからこそ一歩を踏み出せることも多いですよね。 でも――感覚だけで動くのは危ういんです。 直感を最後まで大事にしつつも、それだけで決めてしまうと迷いに振り回されてしまうことがあります。 そのときの感覚の危うさを、私は会社を立ち上げた頃に思い知りました。 方向性が見えなかったスタート時代 20代半ばで会社を立ち上げました。 といっても「夢を叶えたい!」みたいな熱い思いがあったわけではなく、流れでそうなった感じです。 当時勤めていたデザイン事務所が東京に移転することになり、残った仲間と「じゃあ今の進めて
仁徠 神意堂
2025年9月4日


やってもやっても結果が出ない…その状況を抜け出すために
やってもやっても結果が出ない時期がありました。 「やらなきゃ」という気持ちばかりが先走って、目の前にあることを片っ端からこなす日々。 とにかく動けば何とかなるだろうと信じていたけれど、思ったような成果は出ない。 振り返ると、「そもそも何のためにやっているのか」「どうなりたいのか」 というゴールを考えていなかったのです。 ただ “行動する=意味がある” と信じていたから。 その結果、誰かに相談しても「で、どうしたいの?」と返されるばかりで、答えに詰まってしまうこともありました。 頑張ってるのに、なぜか報われないとき 「こんなに動いているのに成果が出ない」「やってもやっても空回りしている気がする」──そんな時期がありました。 新しいことを始めても手応えがなくて、まわりからは「頑張ってるね」と言われる。 けれど、自分としては結果が出ていないから、その言葉が逆にモヤっとしてしまう。 “とにかく動くこと”に意味があると信じて、あれこれ手を出してみる。 気持ちが焦るほど、やっていることがどんどん増えていくのに、なぜか結果がついてこない。 頑張れば頑張るほど空
仁徠 神意堂
2025年8月28日
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